前編
はじめに
人生100年時代到来と言われて久しくなりました。
2019年の日本人の平均寿命は、女性が87.45歳、男性が81.41歳となり、ともに過去最高を更新しています。現代に生きる誰もが、健康で自分らしく、イキイキと暮らし続けたいと願っているのではないかと思います。
一方でコロナ禍の影響もあり、将来に不安を感じている方も多いのではないでしょうか?65歳以上のシニア層の方々が将来に抱く不安は、「健康」「お金」そして「孤独」と言われています。
今回は、前・後編に分けて、働くシニアの「お金」、特に生活の基盤となる「年金」について考えてみたいと思います。
1、老後資金2,000万円は果たして必須なのか?
少し前に「老後資金2,000万円問題」が話題になりました。これは、金融庁が2019年6月3日に公表した金融審議会の市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」の内容が世間的に大きく取り上げられ話題になったことで、皆様もご記憶に新しいかと思います。
この内容、報告書を読んでみると「夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の生活費等の支出の不足額の平均は約5万円であり、まだ20~30年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1,300万円~2,000万円になる。この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる。」という内容でした。
直近の数字で確認してみましょう。
消費支出関係の調査によると、2019年の高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)の毎月赤字額(実収入-実支出)の平均値は、約3.3万円/月となっています。
一方、平均寿命については、2019年、女性が87.45歳、男性が81.41歳となり、ともに過去最高を更新したことが昨年7月に厚生労働省が発表した簡易生命表で確認できます。(平均寿命は、今後死亡状況が変化しないと仮定し、その年に生まれた0歳児が平均で何歳まで生きられるかを予測した数値です。)
以上のことから、「夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯」において、平均寿命と同程度存命でお暮らしになると仮定した場合の今後の生活費等の不足額は次のように計算されます。
「毎月の不足額3.3万円」×「12ヶ月」×「20年〜30年」=「792万円〜1,188万円」
この計算だと総額は800万円から1,200万円となりました。金額だけみると、例の「2,000万円」とは結構開きがあることがわかります。これは、前提となる基礎の不足額が変化すると、全体の必要額が大きく変化するというだけのことではあります。
ちなみに実際の高齢者世帯の家計調査を見てみると、この不足額の補填にはそれまでの貯蓄額や、退職金などを取り崩して生活しているという状況が見えてきます。一口に必要な老後資金と言っても、貯蓄額や夫婦の年齢差、そして公的年金の受給額など、それぞれの家庭によって状況は大きく異なっていることが予想されます。
いずれにしろ、公的年金は高齢期の家計の大きな柱となっていることは間違いありません。
2、定年を期にリタイアすることを望まない人も多い
そもそも「老後資金2,000万円問題」の議論は、「退職後は働かない」というライフスタイルを前提としたものでした。しかし高齢期でも働き続けている人は多くなってきています。
実際にどのくらいの人が高齢期でも働いているのかを見てみましょう。
総務省統計局によると、2018年の高齢者の就業率(65歳以上人口に占める就業者の割合)は、
男性が33.2%、女性が17.4%と、いずれも7年連続で前年に比べ上昇しています。特にも、65~69歳の就業率をみると、2018年では男性で57.2%、女性で36.6%と一貫して上昇しています。
この数字を見ても、定年退職後以降もリタイアせず、何らかの形で働き続けているシニア層が現在も一定数あり、今後も増えていくと考えられます。高齢期の経済的基盤の大きな柱が、年金や退職金などの貯蓄だけでなく、就労による賃金や報酬となっていくことが予想されます。
3、在職中の年金受給のあり方が見直しされつつある
働くシニア層にとって関心の高いのが、就労による賃金と公的年金の関係です。一定の賃金を受け取ると厚生年金の受給額の一部が減額あるいは全額受給停止になってしまう制度があるのです。厚生年金の「在職老齢年金制度」というもので、これまでシニア層の就労意欲を減退させているとも言われていましたが、この制度の一部見直しが決まっています。
(1)2022年4月から「年金制度改正法」が施行される
昨年の5月29日に、「年金制度の機能強化のための国民年金法の一部を改正する法律「年金制度改正法」が成立し、同年6月5日に広布、一部を除き来年4月から施順施行される予定です。
改正の主なものは、被用者保険の適用拡大と、在職中の年金受給のあり方の見直し、そして受給開始時期の選択肢の拡大、確定拠出年金の加入可能要件の見直しなどです。
中でも、今回の法改正の目的の一つが、「人生100年時代」で長期化する高年齢期の経済基盤の充実と、就業期間の長期化に伴う在職中の老齢年金受給制度の改善があります。
(2)厚生年金の「在職老齢年金制度」が改正された
今回働くシニア層に大きく関係するのが、厚生年金の「在職老齢年金制度」の改正です。
厚生年金に一定の加入歴がある場合、65歳になると「老齢厚生年金」を受け取ることができます。そのため原則65歳以上の社員は、「賃金」と「年金」という「2つの収入」を得ることになります。その場合、賃金(総報酬月額相当額)と年金額の合計額が一定額を超えると、年金の全部または一部が支給停止になる「在職老齢年金制度」が該当する場合があるのです。
現在、賃金と年金月額の合計額が、65歳以降では47万円を超えると年金が支給停止(「高在老」という)され、60歳から64歳までは28万円を超えると支給停止(「低在老」という)されます。この制度を理由にリタイアする人も多く、シニア層の働く意欲を減退させているという批判も少なくありませんでした。
今回の改正では、60歳から64歳までの「低在老」の期間の基準の金額を、「高在老」と同額の47万円に変更されました。これによって、賃金と年金の合計額が47万円までは、年金額の一部もしくは全部の支給停止がされないことになりました。
一方で、すでに老齢厚生年金の受給開始年齢が65歳に段階的に引き上げられていますので、この改正の恩恵を受けるのは、現在の在職受給権者の15%程度にとどまるといった試算もあります。
(3)「在職定時改定」が導入された
今回の改正で、厚生年金の「在職定時改定(年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律)」という制度も導入されました。
「老齢厚生年金」は厚生年金に長く加入するほど増額されるので、65歳以上の社員が厚生年金に加入しながら勤務している場合には、現在の年金額がさらに増えることになります。これまでも、納付してきた保険料の実績は一定期間を経て年金支給額に反映されていましたが、今回その時期が改正されました。
これまでは、退職時もしくは70歳に到達した時点で、これまでの掛け金の実績が年金額に反映されていました。これを「退職時改定」と言います。
今回の法改正により、2022年4月以降は、毎年1回、10月にそれまでの実績を年金額に反映させることになりました。これを「定時改定」と言います。厚生労働省の資料によると、この改定により、標準報酬月額20万円で1年間就労した場合、年13,000円程度(月額1,100円程度)年金額が増えるようです。
自分が働いて納付した掛け金が、うけとる年金額に早めに反映するとなれば、働くシニア層の「経済」の不安解消の一助にもなりそうな改定だと思います。